名古屋地方裁判所 昭和41年(行ウ)34号 判決 1966年11月29日
主文
原告等の訴中被告農林大臣の土地を原告等に売払う義務のあることの確認を求める部分を却下する。
原告等のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
事実
原告等は、被告愛知県知事は昭和三十六年十一月二日付で別紙目録記載の土地を農地法第三十九条の規定により売渡した処分を取消す、被告農林大臣は右土地が売渡されたことについて原告等が提起した訴願に対する却下決定を取消す。被告農林大臣は右土地を原告等に売払う義務のあることを確認する。訴訟費用は被告等の負担とする。との判決を求め、請求の原因として、(一)別紙目録記載の第一の土地は原告林源一の、同第二の土地は原告佐藤志ずの被相続人佐藤俊英の、同第三の土地は原告観音寺の所有地であつたところ、何れも昭和二十二年十二月二日自作農創設特別措置法第三条により国に買収せられ売渡処分のないまま(二)昭和二十八年十二月十六日宅地としての利用を増進するため急施を要するとして施行を令ぜられた(都市計画法旧第十三条第一項但書)稲沢都市計画、稲沢土地区画整理事業の地区へ右各土地を編入することを被告農林大臣が代理人京都農地局長名をもつて認許し、被告愛知県知事は昭和二十九年七月二十三日宅地としての利用増進を目的として約三割の減歩が予想せられ農地としては経済上負担し得ないことが明白な稲沢土地区画整理の施工設計並びに施行規定を認可した。(都市計画法旧第十二条第二項、耕地整理法第四十三条第一項参照)(三)この結果稲沢土地区画整理は右各土地等に対し昭和三十年八月十七日を第一次として次々と仮換地を指定し、従前の土地約三割の土地が減歩負担として賦課せられ、これらの土地は広大道路、駅前広場、公園等に利用せられ、農業上の利用増進とは何等関係のない都市施設の用地に転用せられ、その一部はこれらの都市施設築造費捻出のため保留地として売却を予定し宅地に転用されている。(四)にもかかわらず、農地保全の責に任ずる被告等並びに稲沢市農業委任会は農地としては経済上負担しえない従前の農地の約三割に及ぶ過重減歩負担を賦課した稲沢土地区画整理に対して農地としては許容負担率なる二割以内減歩とする(土地改良法第五十三条第一項第二号)申入れ、又は第二項右各土地の稲沢土地区画整理の編入認許の取消処置が何ら講ぜられないことは右各土地は農業上生産力増進の用に供しないことが相当であると事実をもつて被告等が認定しているものである。(五)仮に被告等が右各土地を稲沢土地区画整理の地区に編入認許等したことが直ちに右各土地につき農地法第八十条の認定でないとしてもこの編入認許によつて広大道路、公園等に転用せられ又はこれらの都市施設築造費捻出のため保留地として宅地に転用せられている従前の土地の約三割の土地の部分は農地法第八十条の認定のあつた土地であることは明白である。そうでないとしても法規裁量としてしかく認定すべき土地であつた筈である。これらの土地と不可分の関係にある本件右各土地の部分についても同様認定すべきである。(憲法第十四条)(六)以上の理由により右各土地が農地法第八十条第一項の認定土地で同条第二項の規定により旧所有者たる原告(一般承継人も含む)等に売払う義務があるにも拘らず被告農林大臣が売払わないため被告愛知県知事は右各土地が前記(三)(四)により宅地用地であるとの認定をしたことを無視して地目が農地である一事のみをもつて宅地に転用されるまでの右各土地の暫定耕作者等の強い売渡要求に基いて右各土地をもつて自作農として農業に精進する見込のないことの明らかなこれらの者に右各土地を昭和三十六年十一月二日付で売渡処分をした。(七)そこで原告は昭和三十六年十二月被告愛知県知事のした右各土地の売渡処分の取消を求めて被告農林大臣に訴願を提起したところ昭和四十一年二月二十三日却下の裁決があり、被告愛知県知事より同年五月十一日付で原告等にその旨の通知があつた。(八)これら被告等の処置は何れも原告等の農地法第八十条第二項の規定による右各土地の優先買受権を侵害した違法処分であるため請求の趣旨の通りの判決を求める。と述べた。
被告等は原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。との判決を求め、答弁として、請求の原因たる事実(一)の右各土地が各原告主張の者の所有であつたこと、自作農創設特別措置法により買収の上その売渡が保留せられたものであつたこと、同(二)の稲沢市都市計画事業及び土地区画整理施行地区の決定のあつたこと、右各土地が整理施行地区へ編入を認可せられたこと、区画整理の設計並びに施行規定が認可せられたこと、同(三)の右各土地につき若干減歩して仮換地の指定せられたことを認め、同(三)のその余の点は不知、同(四)の中原告等主張のような申入れ並びに右各土地の区画整理地区への編入認可の取消処置が講じられなかつたことを認めるが、そのことが右各土地を農業上生産力増進の用に供しないことを相当とするとの認定である旨の原告等の主張を争う。同(五)の点を争う。右各土地を区画整理地区へ編入したことが農地法第八十条第一項の認定でないことは勿論であり、従前の土地が農地であればその仮換地もまた区画整理地区への編入の一事によつて農地たる性格を失うものではない。同(六)の中右各土地が耕作者に売渡されたことのみを認め、その余の点を争う。同(七)の点を認める。同(八)の点を争う。と述べ、又被告愛知県知事は(一)土地区画整理事業は原告等主張のごとく公共施設の整備改善および宅地としての利用の増進を図るためになされるものではあるが、これにより直ちに農地法第七十八条第一項により農林大臣が管理する農地(国有農地)が同法第三十六条の売渡不適地となるわけではないのであつて、売渡の適、不適は当該国有農地はもとより周辺の状況等から客観的かつ綜合的に判断せられるべきものである。農地法上、農地とは耕作の用に供せられる土地をいうものとせられ、土地の地目認定はいわゆる現況主義が採られている。そこで現に耕作の用に供せられている土地はもとより現にその用に供せられていなくても耕作可能の状態にある土地等であれば土地台帳上の地目、土地所有者の意図(所有目的)等とは関係なく農地と認定せられるのである。また当該農地が国有農地であり、農地法第八十条の認定がなされていない場合、農林大臣において漫然とその管理を続けていくことは許されなく、同法所定の手続に則りこれを売渡さなければならない。而してその売渡当時原告等所有の右各土地は現に耕作の用に供せられており、また住宅建設等国民生活の安定上必要な施設の用に供するさし迫つた必要からその具体的な計画があり、かつ耕作者の離作の同意をえて転用の実現が確実視されるといつた状況にはなかつたし、さらに右各土地の周辺の状況については土地区画整理事業が施行せられた結果道路等は整備せられ幹線道路に沿つて家屋が建並び市街地の様相を呈してはいるがそれ以外では未だ農地の広がる農耕地帯の状態であつた。本件の右各土地はもとより幹線道路に沿つた地域にあるのではなく、末だ農耕が主となつている地域に点在するものであつて、この点からみても売渡適地たる性格を有していたものである。(二)農地法第三十六条によると国有農地を売り渡す場合当該農地が小作地であるときは同農地につき現に耕作の事業を行つている者で、かつ、自作農として農業に精進する見込のある者に売渡すべきものとせられている。ここで小作地とは耕作の事業を行う者が所有権以外の権原に基ずいてその事業に供している農地をいい、自作農として農業に精進する見込がある者とは農業を営み農業に努力する見込のある者をいう。この場合においてその者は必ずしも適正規模農家や専業農家でなければならないわけではなく、第一種兼業農家は勿論、第二種兼業農家であつても差支えない。さらに耕作規模の点からいえば、売渡相手方において農地法第三条第二項第五号所定の三反歩以上を有していれば足りるのであり、また労働力の点からいえば売渡相手方において十分な労働力がない場合にも買受適格性は単に売渡相手方本人の労働力を基準にするものではなく、売渡相手方と生計を一にする親族の労働力をも考慮して判断せられるべきである。本件の場合売渡相手方等(林典一外十二名)は以上の要件を具備していた。すなわち売渡相手方等は兼業農家が多いが右各土地の買受以来引続きこれを耕作管理してきており、三反以上平均五反八畝強の耕作規模を有し、(これは稲沢市における昭和三十五年二月一日現在の農家の平均耕作規模が六反四畝強であることからして中庸程度の耕作規模といえよう。一九六〇年世界農業センサス参照)従農者も二名乃至五名でいずれも自作農として農業に精進する見込のある者と認められたのである。と述べた。
証拠(省略)
理由
裁判所は農林大臣に対し農地の売渡処分を命じたり、その売渡義務のあることを確認する権原を有しないので原告等の訴中被告農林大臣が別紙目録記載の各土地を原告等に売払う義務のあることの確認を求める部分は不適法としてこれを却下する次に請求の原因たる事実(一)の点、同(二)の中稲沢市都市計画事業及び土地区画整理施行地区の決定のあつたこと、別紙目録記載の各土地の右整理施行地区への編入を認可せられたこと、区画整理の設計並びに施行規定の認可せられたこと、同(三)の中右各土地につき若干減歩して仮換地の指定せられたこと、同(四)の中原告等主張のような申入れ並びに右各土地の区画整理地区への編入認可の取消処置の講じられなかつたこと、同(六)の中右各土地が耕作者に売渡されたこと、同(七)の点はいずれも当事者間に争のないところである。
而して原告等が成立に争のない甲第一号証の一、二、三、第二第三、第四号証、第五号証の一、二、第六号証によつて立証せんとするその余の事実は(立証のない右各土地の売渡相手方の性格の点を除き)余りにも抽象的に失し、これら事実に右各争のない事実を参酎してみても他に具体的な主張立証のない限り別紙目録記載の各土地につき原告等所説の如く農地法第八十条第一項所定の認定のあつたものとなすには著しい飛躍を存する。即ち都市計画事業及び土地区画整理地区の決定がなされその整理施行地区へ農地が編入せられてもその農地が当然に直ちにその性格を変更して宅地となるものではなく、同地区内において農地たる性格を保有せる侭に存在することの可能であることは顕著なところであり、他に右各土地につき原告等主張の如く農地法第八十条第一項所定の認定のあつたことを認むべき証拠なく、(尚被告愛知県知事主張の(一)、(二)の答弁事実参照)又法規裁量として右各土地につき農地法第八十条第一項の認定をしなければならないような事実を認むべき証拠もないのでこの点につき直ちに原告等所説の如く憲法第十四条に違背する廉を存するものともなすことはできない。
よつてその余の点について判断をなすまでもなく農地法第八十条に依拠する原告等のその余の請求も失当であることが明らかであるのでこれを棄却し、民事訴訟法第八十九条により主文のように判決する。
別紙 目録
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